梅若
はい。伝統を継承するのは当たり前のことだと、父や祖父から言い聞かせられました。伝統芸能というのは、歌舞伎もそうですけれども、時代を経ても一見やっているのは同じようなことなんですよね。新しくしようと思うのですが、ならない。それが伝統の強さ、伝統の重みです。伝統はそんなに生半可なものではないのですね。
だからといって、伝統は古くさいものだというのは大きな間違いです。今僕らが生かされているのは、伝統の力による部分が100%と言ってもいい。伝統をいかに現代に甦らせ、継承していくかが重要だと思うんです。
私の曾祖父である3代前の梅若実は、明治維新で能の歴史が途絶えそうになったのを阻止し、能を復興させた人です。曾祖父がすごかったのは、能の家の人間ではなかったことです。上野寛永寺御用達の札差(武士の俸禄米を換金する業者)の家に生まれたんですね。そういった商家の子が、いきなり180度違う能楽という伝統を継承する家に養子として入ってきてしまった。能楽界に突然現れたといってもいいでしょう。
結局、曾祖父の何が良かったのかといえば、それまでの能役者たちというのは経済のことなんて一つもわからない人間ばかりだったんですね。そこに曾祖父のような金銭的な感覚を持った人間が現れたことによって、伝統の世界にやっと経済というものが入ってきた。そして今の興行のノウハウを作った。それによって能が甦り、明治以降、今まで続いているんだと思います。
だから、古いといっても百数十年の時しか経っていないわけで、今後どういうふうに続けていくかということのほうが、大変な気がしているんです。