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特集「温故創DX」古きをたずねてDXを創る 俳句編

「伝統」は絶えざる「革新」の賜物。いつの時代も努力と工夫、イノベーションを繰り返し、時に大胆な変化をも受け入れ淘汰されることで、この国の伝統文化は形作られてきました。「温故創DX」では、連綿と続く伝統文化の担い手と技術の最先端に立つ人々との対話から、旭化成が目指すDXを用いた新たな価値の創造について考えます。
第2回目は、俳人で文化功労者の高橋睦郎さんとAI研究者の川村秀憲さんをお招きします。「俳句は変革を繰り返す最先端の文芸」と語る高橋さんと、そんな俳句を生成する「AI一茶くん」を開発した川村さん。三人の議論は、俳句の変遷から人間とAIの共存のあり方にまで広がりました。

【ダイジェスト版】俳人、AIが作った俳句と競う
俳人 高橋睦郎 × AI研究者 川村秀憲 × 久世和資
【前編】俳人、AIが作った俳句と競う
俳人 高橋睦郎 × AI研究者 川村秀憲 × 久世和資
【後編】俳人、AIが作った俳句と競う
俳人 高橋睦郎 × AI研究者 川村秀憲 × 久世和資

今回の鼎談メンバー

取締役 兼 専務執行役員デジタルトランスフォーメーション(DX)統括久世 和資
俳人、詩人、歌人高橋 睦郎
北海道大学大学院情報科学研究院教授 博士(工学)川村 秀憲

俳句は革新を繰り返す

久世

今日は俳句、短歌、現代詩と、文芸で広くご活躍されている高橋睦郎さんと、AI(人工知能)を使って俳句を生成する「AI一茶くん」を開発された川村秀憲さんにお越しいただきました。
アナログ的な感性の俳句とデジタルにどのような接点があるか、それとともに伝統からどうやって革新をしていくか、お二人とともにそのあたりについて議論していきたいと思います。よろしくお願いいたします。
それではまず、俳句は室町時代からの長い歴史があるわけですが、俳句そのものがどのような伝統の中で育ってきたか、そしてそこに革新と呼べるものがあったのか、高橋さんからお話しいただけますでしょうか。

高橋

はい。今、室町時代からとおっしゃいましたが、実は俳句は万葉の時代からなんですね。大伴家持(718 ?-785年)と尼(あま)と名乗るある歳をとった女の人との五・七・五と七・七のやりとりから連歌が始まったのですが、それが諧謔(かいぎゃく)味を含んでいて俳諧連歌(はいかいれんが)の興(おこ)りだと取れます。
日本の文学史は、つきつめて言えば歌の文学史なんです。
最初は、五・七を繰り返して最後に七を加える形式の長歌があって、最後の七をもう一遍繰り返すことで五・七・五・七・七の短歌が生まれました。
その短歌がある頂点に達すると飽きてこられて、短歌の上の句と下の句を別の人が作る短連歌、そしてのちには五・七・五に対して七・七をつけ、その七・七に対してまた五・七・五をつけて繰り返すという形で、場合によっては1000句も続く長連歌という遊びが生まれたんです。

久世

1000句とはすごいですね。

高橋

最初に連歌に打ち込んだ人は誰かというと、後鳥羽院(1180-1239年)です。後鳥羽院は自分が中心になって『新古今和歌集』の編纂に打ち込むことで、短歌を頂点まで持っていったのですが、短歌に飽きて連歌にいったわけです。それは一つの「革新」だったと言えます。
その連歌には、何人かで歌を作るという面白さがありますが、テーマが全く昔のままの「雅」(みやび)なので、これもやがて飽きられてしまいます。そこで連歌に「世態人情」(せたいにんじょう)というもの、場合によっては口語なんかもどんどん取り入れていったのが、俳諧連歌です。「おかしみ」というか、普段の生活を連歌に取り入れていった。ここにも革新があるわけですね。
ところが今度は、それがあまりにも駄洒落に流れ過ぎてしまい、ただただ面白いだけで文芸ではなくなってしまうということになり、それをきちんとやって芸術性を高めたのが松尾芭蕉(1644-1694年)です。これもまた一つの革新でした。
そしてその芭蕉を一種の元祖にしてずっと俳諧の歴史が続いていくわけですけれども、いつかこれもだらけてきてしまうということで、次に、五・七・五に七・七をつけてまた五・七・五をつけて……というのを全部切り落として、最初の五・七・五だけを残すということをやったのが、明治の正岡子規(1867-1902年)で、これが発句改め「俳句」となります。

世界の詩人たちに影響を与えたHaiku

高橋

ですから、俳句というのは実は日本の詩歌の中の最先端のものだったはずなんです。
ところがそこに明治開国でヨーロッパやアメリカからポエトリー(詩)が入ってくると、一番新しかったはずの俳諧・俳句というものが、何だか古くさいもののように誤解されてしまいます。でも、俳句のなかには先のような革新の要素があるわけです。
だから、逆にヨーロッパの人が俳句を知った時、「五・七・五というこんな短いもので一つの世界が表現できるのか」と、びっくりするんです。
俳句は海外のいろいろな詩人に影響を与えてきたのですが、一番俳句の影響を受けたのはエズラ・パウンド(1885-1972年)です(註:エズラ・パウンドは、詩人、音楽家、批評家で、20世紀初頭の詩におけるモダニズム運動の中心的人物の一人。俳句《Haiku》を紹介し、アメリカや英国のイマジズムの詩人たちに大きな影響を与えた)。
一方で、たとえばライナー・マリア・リルケ(1875-1926年)など俳句と何の関係もないようですが、彼の墓碑銘(ぼひめい)の薔薇の三行詩を見れば、これは完全に俳句の影響です。

リルケの墓碑銘の三行詩

Rose, oh reiner Widerspruch, Lust,
Niemandes Schlaf zu sein unter soviel
Lidern.

薔薇、おお純粋な矛盾の花、
そのようにも多くのまぶたを重ねて
なんびとの眠りでもない、よろこび。

『リルケ詩集』(高安国世訳)より

ですから俳句は、日本人が一番新しいと思ってきた欧米の詩に影響を与え、俳句が欧米の詩を逆に新しくした面がある。そのことを一番理解していないのは日本の今の俳人かもしれません。そういう時に「AI一茶くん」が現れて刺激を与えてくれることは、きわめて有意義なことではないかなと思っています。

久世

俳句は革新の連続で生まれた最先端の文芸だということが非常によくわかりますね。

「AI一茶くん」はこうして生まれた

久世

続きまして、北海道大学で「AI一茶くん」を開発された川村さんに、まずその開発のきっかけからお伺いしたいと思います。

川村

はい。まず、高橋さんを目の前にして言うのも憚られるのですが、私自身は以前は俳句に全く興味がなかったですし、それまで俳句を一句も詠んだことがなかったというのがちょっとお恥ずかしいところです。
もともと専門はAIをやってきたのですが、たまたま知人が思いつきで「AIに俳句を詠ませることができるのか」という問いをしてきました。それまでそんなことは考えたこともなかったのですが、面白いからやってみようとなったんです。
何を面白いと思ったかというと、俳句って五・七・五の短い音の中にいろいろな情報や感情が詰まっているわけですよね。俳句は単純にそれが作者から切り取られて存在するのではなくて、句を作って評価して、また解釈して、という流れの中で、背景知識や共通の語彙をやり取りする。それがすごく相互作用的な言葉の使い方だと思ったんです。
今、ディープラーニングというものが出てきて、AIのできることは特に自然言語処理においてどんどん広がっていますけれども、コミュニケーションの本質は何だろうとか、どういうものを言葉として伝えるべきだろうとか、あるいはこの先AIと人がどういうふうにあるべきなのかとか、そういうことを俳句を通して考えることは非常に研究として広がりがあるなと思ったのがこの研究を始めたきっかけです。

ディープラーニング(深層学習)はAIの技術手法の一つで、機械学習の一分野です。人間の脳神経細胞(ニューロン)の仕組みを模した数理モデル「ニューラルネットワーク」をベースとし、人の手を介さずコンピュータが大量のデータを学習し、高い精度でデータから特徴を抽出します。そのAIによって導き出された結果の根拠を人は理解することはできないとされます。自動運転や医学分野の診断などで活用され、各国で研究が進んでいます。

研究を始めた頃は、もう俳句とも呼べないひどい文字列を出力するレベルだったのですが、たまたまあるテレビ局が面白がって「人類とAIの俳句対決をしたい」というオファーをしてきたんですね。収録は半年後というので、そこから急ピッチに「AI一茶くん」の研究を進めて、何とかテレビの収録時には俳句のようなものの原型ができるようになりました。
たくさん学習した俳句の中から何となく文字を繋げて俳句らしいものを出す。何か伝えたいことがあるわけでもないし、テーマがあるわけでもなく、単純にとにかく俳句らしい文字列をコンピュータが出す、という仕組みだったのですけれども、それをバージョンアップしていくことで現在ではいろいろなことができるようになったというのが経緯です。

AIが俳句を詠む仕組みとは

川村

現在の最新バージョンの「AI一茶くん」がどのような仕組みになっているかというと、まず最初に、人が作ったたくさんの俳句をディープラーニングで学習し、いろいろな言葉の使い方を事前に覚えます。

それから、その学習したことを使って計算をしながら、何となく俳句になりそうな言葉を繋げていき、俳句の「種」というか「元」を作ります。
当然作られたものは音数が足りなかったり、季語や切れ(切れ字)があったりなかったりいろいろなケースがあるので、作ったものの中からある程度俳句の条件を満たすものを選び出して、俳句のデータベースを作ります。そこにはもちろん良い句もあればひどい句もあるのですが、今、約1億5000万句ぐらいをストックしています。
たとえば、写真の風景をお題にして俳句を作りたい場合は、まず写真を画像認識し、画像にマッチするいくつものキーワードを画像から抽出します。そして、1億5000万句の俳句の候補の中から、この画像の特徴にぴったりマッチする句を選び出して、AI俳句を出力する。そういった仕組みで今は俳句を作っています。

久世

なるほど。

川村

風景から何かを感じてそれを俳句にしたいという動機で俳句を作る人間と、AIとでは、俳句を作るプロセスはだいぶ違うと思うかもしれませんが、でも、たとえば自分以外の人が俳句を作る時、その人が頭の中でどんな作り方をしているかはわからないわけですよね。
つまり人にとって、作るプロセスそのものに意味があるのか、それとも、出てきた俳句が素晴らしいということに意味があるのか、そういうことをAIに突きつけられていると感じるんです。
そもそも人工知能の「知能」って何だろう、人の思考と違うプロセスでアウトプットすることをどう捉えるべきなのか、AIってどうあるべきなのだろう──そういうことを考えたいと、我々は研究をしています。

「AI一茶くん」は学習し成長する

久世

俳句データベースに溜めている句が1億5000万句ぐらいということですが、最初に学習した俳句というのはどれぐらいの数なんですか。

川村

最初は、「AI一茶くん」というくらいですから小林一茶の俳句を学習させたのですけれども、実はそのテレビの対決の時に一茶くんの学習データで出力した俳句があまりにも古めかしくて、審査員の方にすぐに「これはAIが作った俳句だろう」って見破られたということがありまして、その後は古い俳句から現代の俳句まで50万句ぐらいを学習させました。
言葉の繋がり方だったりとか、意味のあるような音のリズムとか、そういうことをディープラーニングで学習して、現在はそれに準じて出力するような形になっています。

久世

学習用には古いものも新しいものも一緒に入っており、そこから生成されたものが今、全部ストックされているということですね。

川村

そうです。できるだけたくさんの言葉を学習させたいので、実はそのほかにも、たとえば「青空文庫」などを使って、音が五・七・五になる俳句っぽいリズムを持っているものを学習させるといった工夫をしています。

久世

学習した俳句それぞれに言葉の繋がりがあるわけですね。その繋がりのパターンのようなものを全部学習して、新たに繋がりを自動的につけていくということですね。

川村

はい。ディープラーニングの仕組みで、単語もしくは文字を一つずつ出力して後ろに繋げていくという形で、最終的に五・七・五の文字列になるような作り方をしています。人の場合は文字を行ったり来たりして、いろいろな選択肢を試しながら句を作っていくと思いますが、今のところの「AI一茶くん」は、前から順番に言葉や文字を繋げていって十七音になるよう出力するという仕組みになっています。

画像を見て、適切な俳句を作る

久世

先ほど画像に出てくるキーワードから俳句を作るというお話がありましたが、もう少し詳しく教えていただけますか。

川村

はい。俳人の方といろいろなコラボをさせていただいているんですけれども、俳人の方に交じって一緒に俳句のコンテストに出場するというようなこともしていて、石川県加賀市で行われる俳句大会には毎年出させていただいています。
大会ではその場で景色を見て俳句を詠まなければいけないのですが、当然「AI一茶くん」は目を持っていないのでデジカメで風景を撮って、その画像をベースに俳句を作っています。
この鉄橋の画像は加賀市の会場になっているエリアにある風景の一つで、「AI一茶くん」はこの景色についてたくさん俳句を詠んでいるのですけれども、次の句はその中から選ばれた、良い句かなと思われるものです。

鉄橋の真ん中にゐて秋の暮

こんな俳句を「AI一茶くん」はデータベースの中から画像の風景にマッチするものとして選んできます。
次は茶店のようなものが見えるところで詠んだ句です。

川風につつまれてゐる赤蜻蛉

こんな俳句を出してくることができます。続いてもう一句。

涼しさや石の鳥居もきのふけふ

俳句の良し悪しは私はわからないので、是非高橋さんにご講評いただけましたらと思いますが、何となく雰囲気には合っている、それなりに俳句になっているかなというものを出力することができるようにはなっています。

久世

では早速、高橋さん、ご講評いただけますか。

高橋さんによる「AI一茶くん」作品講評(1)

高橋

「川風につつまれてゐる赤蜻蛉(あかとんぼ)」ですが、蜻蛉というのは飛びながら空中で翅(はね)をブルブルさせながら留まっているんですね。その状態からいうと、「川風につつまれてゐる」は蜻蛉の感じをよくつかんでいるし、「赤」によって普通の蜻蛉より強く印象に残りますから、そういう意味でこれも俳句としては形になっていると思います。たぶんこの茶店の赤いところから「赤」が出てきているんですね。

川村

画像にマッチしているかどうか……。

高橋

でも、それはそれで僕はイメージの飛躍ということでいいんじゃないかと思いますよ。ここまでの3句の中では、真ん中の句が一番上等だと思います。

久世

ありがとうございます。
川村さんに一つ質問があるのですが、人が俳句を作る時には視覚だけではなくて、その場の音であったり、石段の冷たさであったり、そういったことを五感で感じ取りながら作っているような気がします。そういったことを今後研究の中に取り入れていく計画はありますか?

川村

はい。おっしゃるとおり人は五感をフルに使って俳句を詠んでいると思います。
今のAI技術というのは、言葉だったら自然言語処理、画像だったら画像認識の技術が、ある限られた部分においては人間よりも少し性能・精度が高くなってきたという現状だと思うのですけれども、「マルチモーダル」といって、いわゆる画像もそうだし、音もそうですが、情報は触覚も含め全て使って生成されるわけです。

マルチモーダル=「multi」+「modal」という言葉を組み合わせたコンピュータ用語。視覚情報(画像など)だけでなく、聴覚情報(音声)など異なる種類の入力情報をAIが複合的に処理する。AIの技術進化を語るうえでは外せない概念の一つ。

学習の仕方は人もAIも変わらない

川村

俳句ではリアルの世界の中で何か情報を感じ、それを最終的に言葉として表現するわけですが、言葉や文字自体はデジタルな情報ですから、人が俳句を詠むという行為は「リアルの世界からデジタルな情報を生み出すこと」ということもできるんです。
今はまだまだ研究が始まったばかりで、過去の俳句から生成したり、画像に特徴を合わせていくことしかできませんが、究極的には、ロボットの体を持ちながら人間と同じように世界を認知できるセンサーを持って外に出ていって、山に入ったり、川に出かけていったりして俳句を詠むようになる。
それができるようになると、たぶん「人と同じように感じ、それを表現する」ということが何かということを研究できると思うんですよね。そこまでいくことが理想の一つになります。

久世

高橋さん、いかがですか。五感の活用は人によっても違うと思いますが。

高橋

それは理想形ですけれどね。だけど、やはり人が最初に俳句の世界に入っていく状況を考えると、人も初めは語彙も乏しいですから「AI一茶くん」と同じように過去のものをいろいろ読んだり学んだりして作るわけで、そういう意味では、一茶くんと人間の成長の過程は一緒だと思うんです。
芭蕉という人は、俳句だけではなくて、しばしば殺し文句を残した人なのですが、その一つに「俳諧は三尺(さんせき)の童(わらべ)にさせよ」という言葉があります。 つまり、俳諧というものは大人の計らいではなく、背丈三尺しかない子どもの気持ちになって作らなきゃだめだと。それが俳諧の初心ということですね。「AI一茶くん」の成長の過程は、本当に俳句を作る少年の成長の過程と同じような初々しさがありますね。

高橋さんによる「AI一茶くん」作品講評(2)

久世

高橋さんには事前に「AI一茶くん」が作った俳句100選にお目通しいただいたのですが、全体としてどのような印象をお持ちでしょうか。

高橋

やっぱり一番最初に作った句はただのうわ言ですね(笑)。それが学習ののちによくこれだけ形になったものだなと思って感心しましたね。

「AI一茶くん」の初期段階では、俳句の最初の1文字が何の文字であるかをまず学習し、それに続く2文字目、3文字目と順に学習。学習を終えたら最初の1文字を確率的に選び入力。そして学習で得た次の2文字目を出力、それを入力して3文字目を出力するといったやり方で、ひらがなが17音に達するまで出力するという仕組みでした。そうやって「AI一茶くん」が初期に作った句はたとえば以下のようなものでした。

かおじまい つきとにげるね ばなななな
こあついの かねのしたして すむかおし
いいせらを あずんなさいる かばせかな

久世

その中からいくつか具体的に高橋さんにご講評いただければと思います。よろしくお願いいたします。

高橋

簡単な言葉をちょっと直すだけでよくなるというのが俳句なのですが、

梅咲くや外は何處も日和山

この句はなかなか面白いのだけれど、「日和山」と山に限定されてしまうと、もうそこは山の世界でしかないわけで、もうちょっと広げてたとえば、

梅咲くや外は何處も日和なる

とすると、別に山ではなく住宅地の中でもいいわけです。こうなるともっと広がりが出てきて一つ世界が大きくなると思いますね。「なり」ではなく「なる」としたのは、切れ字の「や」に対しての係り結びになっています。
次の句、

冬の月眼鏡はづしてまなこ澄む

で言いますと、

冬の月眼鏡はづせばまなこ澄む

眼鏡を外すと自然に冬の月に真向かうので、自分の目が何ものをも通さない澄んだ状態になるという感じになって、これでも十分俳句の形になるのではないかなと思います。

高橋さんも脱帽の一茶くんの傑作!?

次の3句目。

あだし野はうしろ姿の衣更(ころもがえ)

これはもう直すところがない。どころか、実際に俳句を作る人はなかなかこうできないのではないかというぐらい面白い句だと思います。
「あだし野」というのは、昔から人骨を捨てた場所で、墓場になっているところです。そこで「うしろ姿の衣更」をしているのは誰か。それは当然死者ですね。あだし野とはひと言でいうと「うしろ姿の衣更」なんだと。
こんな句はなかなか考えてできるものではないので、たまたまできた句かもしれないけれど、これはなかなかの傑作だなと感心しました。
こういうこともあるので、やっぱり僕らはAIからも大いに学ぶことはあるでしょうね。

一茶くんの句をヒントに高橋さんが新たに作句

久世

高橋さん、ご講評ありがとうございます。最後の句は、もう手の入れようがないということでしたが、実は、高橋さんに「AI一茶くん」の俳句にインスピレーションを得て作っていただいた俳句を今日はお持ちいただいています。

高橋

はい。先ほどの「あだし野」の句を転換させた句です。

生れ生れ死に死に死んで衣更  高橋睦郎

「生れ生れ死に死に死んで」というのは、実は空海の著書『秘蔵宝鑰(ひぞうほうやく)』の中の有名な言葉で「生れ生れ生れ生れて生の始めに暗く、死に死に死に死んで死の終りに冥(くら)し」という文句を踏まえています。
「AI一茶くん」が作った傑作の影響を受けて僕が作ってみるとどういうことになるかなというわけで作ってみたのですけれど、一茶くんの句よりはるかにこの句のほうが劣りますね(笑)。ちょっと観念的になってしまっています。

久世

川村さん、この高橋さんが作られた俳句をご覧になっていかがですか?

川村

俳句自体の良さは素人の私にはなかなかわからないですけれど、お話をお聞きしていると、面白いと思うと同時に、やはり俳句の奥深さをすごく感じますね。
高橋さんがおっしゃるように、俳句っていろいろな背景知識や文脈があって、単に句が単独で存在するわけではないですね。「AI一茶くん」の詠んだ俳句と空海の言葉が知識として高橋さんにあって、それをうまく融合して新しい句を作っていただきました。
俳人の方々とお話ししていると、一つ一つの俳句がどうといった解釈の話はもちろんあるのですが、単に解釈だけではないのが俳句の面白さだ、ということをいつも言われます。
いろいろなことを考え、それらを結びつけて俳句を詠むという行為は、言葉がいろいろな物事の関連性や背景知識と融合することにより作品の価値が出てくるということで、俳句の抽象度が上がるということだと思うんですよね。それはAIにはなかなかまだできなくて、人間にしかできない。こういうお話を聞くといつも俳句の奥深さを感じます。

高橋

俳句に限らず、「ものを作る」ということは時空を超えた過去のいろいろな人たちとの“合作”なんですよ。その合作においてたまたま自分が作者になっているのであって、そういう意味ではいろいろなデータを覚え込んで俳句を作っている「AI一茶くん」と基本的には変わらないと思いますね。

「知性」と「感性」をAIが持つ日

久世

これまでAIが作った俳句作品を中心にお話を進めてまいりましたが、高橋さんご自身はAIに対してどんな感想やご意見を持たれましたか?

高橋

だいたい俳句を含む詩歌、広く芸術と言ってもいいのですが、その理想は「懐かしさ」と「新しさ」を兼ねていることだと僕は思うんです。
懐かしさだけでは飽き飽きするし、新しさだけではギスギスする。その2つを兼ねていることが、表現の要諦(ようてい)ではないか。そしてその懐かしさの元は恐らく「感性」であり、新しさの元にあるのは「知性」だと思うんです。
で、その2つのうちどちらが先行するかといえば、やはり表現の場合は、懐かしさ、感性でしょう。
素人考えでいえば、「AI一茶くん」は知性で感性や懐かしさを学習してかなりのところまできている。しかし、まだそれは借り物であって自分のものにはなっていない。
もしも将来「AI一茶くん」が感性を自ら備えて、発明者の川村さんを「パパ~」と呼ぶようになれば、AIも新段階に進んで、それに対応すべく私たち人間も否応なく一段高いステージに進むほかはないのではないか。これが僕の考えるAIと我々の共存、“With AI”の理想ですね。
今のAIで俳句は作れますが、自分の作った俳句の中からこの句が良いとか悪いとか自選することができない。これは哲学者のデカルトの「我思うゆえに我あり」に当てはめれば、「我思う」ことがないから「我あり」と感じることができないわけです。
だからそれができるようになったとすれば、もうそれは本当にすごいことで、人間もうかうかしていられないし、もっと次に進まなくてはいけない。これはお互いに進化していく上で大事なことではないかと、僕は素直にそう感じています。

久世

川村さんいかがですか。

川村

そうですね。我々俳句をAIで研究するなかで「AIに俳句を詠ませて何の意味があるのか」ということをよく言われるんですよね。でも私たちは、人の俳人に取って代わろうと思ってAIを作っているわけではないんです。
基本的には、最終的に人の知能って何だろうとか、人は何で俳句を詠むんだろうとか、そういうことを、AIで俳句を生成し、先々にはAIが自分の俳句を評価して上手に選べるようにするという研究を通して、探ろうとしているわけです。決して人の代わりに俳句を詠んだり評価したりするような機械を作ろうということではないんですよね。
最終的に、じゃあ人が俳句を詠むっていうことは何なのか。それはやっぱり生きていく上での豊かさにつながっている行為だと思います。
最初にもちょっと述べましたが、AIが人と相互作用することによって、人の存在価値は何なのかが見えてきて、また先ほど高橋さんがおっしゃったように、人とAIが一緒になることによって何か新しい地平が開くかもしれない。このAI俳句を通してそういった人とAIの協業のあり方って何だろうということを研究しています。
「AI一茶くん」を通して、俳句だけではなくて、この先社会の中でAIがどう使われるべきかとか、じゃあ人はその中で何を考えて何を決めるべきなのかとか、そういうようなことがちょっとずつ見えてくるんじゃないかなと思っています。高橋さんのお話もそういうようなことを示唆しているなと思って聞いておりました。

久世

はい、ありがとうございます。

鼎談後記

久世

「伝統と変革」の第2弾として、変革の歴史を超えて今もなお生き続けている伝統文化である俳句と、デジタルの技術の一つである「AI一茶くん」という二つが、どう反応し合い、どういう話になるか非常に期待されていたわけですが、私自身多くの気づきがありました。
デジタルの知性である「AI一茶くん」に人の感性が加わると、それはもうAIと我々が共存する新しいステージだというお話がありました。旭化成は今、デジタル変革を進めていますが、それは企業そのものの変革であり、事業の変革でもあります。デジタル技術自体はAIも含めて変革の手段ですが、本当に大事な変革とは感性を持つ私たち人間自身の変革なのだということを改めて強く感じました。
また、俳句は自分一人で作るものではなくて、過去の作り手と一緒に行う共同の作業であり、それは「AI一茶くん」が多くの句を学習して句を作ることと同じだと高橋さんがおっしゃいましたが、我々のDXに繋がる話としては特に、材料の開発をAIの技術を使って行う「マテリアルズ・インフォマティクス」があります。
人が素材開発を行う場合には実験を繰り返していくことで新しい素材を作っていきますが、それに対してAIはさまざまな過去のデータから人が予想もしない材料の組み合わせや作り方を導き出していきます。
AIを活用することによって、人が新しい発想を得て新たな素材を作り出す、素材開発のスピードを10倍から100倍ぐらいにすることを目指してやっているわけですが、今日の「AI一茶くん」の話はそれに繋がるものだったと思います。
「AI一茶くん」が作った句を俳句のプロの高橋さんが講評される中で、「これは完成されていて手の入れようがない」という句が一つありました。高橋さんはさらにそこから気づきと発想を得て新しい俳句を作る。それはまさにAIとともに行う我々の材料作りと全く同じことです。

ゲスト

高橋睦郎(たかはし むつお)

1937年生まれ。北九州市で生まれ育つ。少年期より俳句・短歌・自由詩・散文を並行して試作。福岡教育大学にて国語国文学専攻。2年間肺結核療養のち卒業し、上京。広く詩文・学芸の諸先輩に学ぶ。句集9冊、歌集8冊、詩集31冊など著作多数。主な受賞歴に藤村記念歴程賞(1982年)、読売文学賞(1988年)、高見順賞(1988年)、紫綬褒章(2000年)、現代詩人賞(2010年)、鮎川信夫賞(2014年)、蛇笏賞(2017年)、毎日芸術賞(2022年)など。文化功労者(2017年)。日本芸術院会員(2017年)。

川村秀憲(かわむら ひでのり)

2000年3月北海道大学大学院工学研究科システム情報工学専攻博士後期課程期間短縮修了。博士(工学)。同年4月同大学助手、2006年同大学准教授、2016年同大学教授となり現在に至る。人工知能やマルチエージェントに関する発表論文多数。人工知能学会、情報処理学会、日本オペレーションズ・リサーチ学会、観光情報学会などの会員。観光情報学会理事。株式会社調和技研、フュージョン株式会社、株式会社インターパーク、株式会社Aill社外取締役。