100 Stories1935 うま味調味料「旭味」と食卓を彩った食品事業

ひよこのマークが可愛いレトロな缶が根強い人気を誇った調味料「旭味」。うま味調味料の元祖ともいえるこの商品は、食品事業の始まりとなった歴史ある商品だ。

食品事業は、「旭味」の原料となるグルタミン酸ソーダの生産を主として1961年に産声を上げた。まさに「人々の“いのち”と“くらし”に貢献する」という理念にマッチした事業で、食品事業の誕生は、その後の衣食住の総合メーカーとしての軌跡の大きな第一歩となった。

そのきっかけとなったグルタミン酸ソーダは、1935年に生産を開始しており、元々は化成品事業部が取り扱っていた。第2次大戦前にすでに海外に輸出されていたが、全世界に広がっていたわけではなく、消費量が多かった東南アジアの一部と日系人の多いハワイなど限定的だった。

しかし、戦時中のアメリカが兵食用として利用したことから、戦後からは世界的な広がりを見せる。国内の食糧事情が改善されるに伴って「旭味」を増産。国内販売だけでなく香港、タイ、シンガポールなどへの輸出も行うようになった。

需要の増大に応じて生産設備も逐次増強された。1955(昭和30)年9月に月産50トンであった生産能力は、59年7月には114トンにまで拡張。1958年6月には、発酵技術をもつ東洋醸造と「発酵法グルタミン酸の工業化試験委託」の契約を交わし、さらなる増産を目指した。

その研究の末に、1960年8月にはなんと月産能力275トンの旭味の製造設備が完成。内外のグルタミン酸ソーダ市場にインパクトを与えるようになり、社内でも本格的に食品部門の機構改革が進められた。そして、1961年4月、満を持して食品事業部が新設されたのだった。

その後は、ビーフエキス、魚介エキスなど調味料のラインナップを拡充するだけでなく、加工食品にも進出し、「サンバーグ(冷凍ハンバーグ)」の販売を始めた。1982年には旭フーズを設立し、給食・業務用から、消費者向けの商品を展開し、冷凍中華食材や高級中華食材「点心坊」、冷食のたこ焼き「まるたこくん」など人気商品を多く開発。本当に美味しいと好評を博した冷凍食品の「レンジでできたてシリーズ」など、手軽さだけでなく味も追求する姿勢に技術者精神が垣間見えた。

さらには、商品開発だけでなく、他社との共同出資での新会社設立や、オーストラリアの畜肉加工メーカーであるハンズ・コンチネンタル社を買収するなど、基盤強化の一環として戦略的なM&Aも展開した。

まさに快進撃を続けてきた食品事業部だったが、時の中期経営計画「ISHIN2000」の発表が事業部の運命を大きく変えることとなる。

「ISHIN2000」の中ではコア事業への集中を考えた再編が検討されていた。当時の食品事業部は、黒字事業ではあったものの、本業とのシナジー効果が薄いこと、単独で事業展開するためには業界での支配率が十分ではないことが要因となり、撤退が決まってしまう。

そして、1999年1月、日本たばこ産業(JT)からの打診があったことを機に、食品事業を同社に譲渡することを決定。JTは多角化戦略の一つとして食品事業の拡大に力を入れており、桃の天然水など飲料事業で成功を収めていた。従業員にとっても将来性を感じられる企業であるという点で、事業の譲渡先としては最適だった。

戦後間もないころから、日本の、そして世界の食卓を彩っていた当社の食品事業。その技術や精神は、JTの子会社であるテーブルマークでさらに発展していき、いまでも日本の食卓を支え続けている。

  • 完成した調味料工場(1935年)
  • 冷凍食品「サンバーグ」
  • 飲茶点心冷凍食品「点心坊」