100 Stories1978 世界が注目したイオン交換膜を用いる濃縮ウラン技術

「エネルギー確保」という国の基本政策の一端を担い、原子力の研究が行われたことがあった。川崎製造所内で進められた濃縮ウランの研究開発だ。

石油に代わるエネルギー源としての原子力、とりわけ原子力発電の重要性が日増しに高まる中、原子力発電の燃料となる濃縮ウランは当時その全てを外国に頼っていた。

原子力発電の燃料として使われる濃縮ウランとは、天然に産出するウランの中に含まれているウラン235を3%程度に濃縮したものだ。ウラン235とは天然ウラン中に0.7%しか含まれておらず、残りは燃えないウラン238だ。

ウラン濃縮技術は、1980年頃に実用化されていた唯一の方法として「ガス拡散法」が用いられていたが、大量の電力を必要とすることから新しい技術の開発が待ち望まれていた。

一方、ガス拡散法に比べて電力が10分の1以下で済む「遠心分離法」が、日本をはじめ各国で開発が進められていたが、この方法の問題は1工場あたり数万台から数十万台の遠心分離機を必要とするので、遠心分離機自体のコストをいかに削減するかにあった。

これに対し旭化成が研究開発を進めていたのは、「化学法」と言われるものだ。これはガス拡散法、遠心分離法に比べて低コスト低エネルギー消費であり、プロセスが単純であるため、大容量化や運転保守が容易である。さらに、核兵器製造に必要な高濃縮ウランが作れない平和利用専用の濃縮技術という特徴を持っている、まさに夢のような技術だ。

これほどメリットのある技術であるが、原理はわかっていても実用化することは無理だと言われていた。化学法はウラン235とウラン238の性質の違いを利用するものだが、その違いが極めて小さいためである。米原子力委員会の報告(通称ベネディクト・リポート)では、実用化するには数世紀かかるという厳しい評価であった。

しかし、旭化成の技術陣は永年にわたる多様な技術の蓄積をベースに粘り強い研究を続けた結果、このわずかな化学的性質の違いを効率的に活用できる開発に成功。自社の技術であるイオン交換膜を用いて一挙に実用可能とみられるレベルに到達させた。

この研究は日本原子力産業会議でも「優れた可能性を持つ」との報告書がまとめられ、国もまた補助事業として採り上げて研究費の3分の2を国が負担することとなった。

国からの補助を得て研究規模を拡大するために、従来の川崎製造所内から日向市に新たに研究施設を建設。独自の化学交換法によるウラン濃縮技術の研究を続け、3%濃縮ウランの採取にも成功した。

しかし、国の補助金が終了したことから、1991年に日向市のウラン濃縮研究所を休止すると発表。理由は「研究目的を達成できたことや、国際的に濃縮ウランの需給が緩む見通しであること」としている。

実に総投資額は270億円、国の補助金は120億円が投入されたビッグプロジェクトであった濃縮ウラン技術の開発。当初は、火力発電所の光化学スモッグによる社会的問題、オイルショックによるダメージから石油に代わる代替エネルギーとして、原子力発電の研究が求められていた。

原子力発電のための研究は終了となったが、現在では発電ではなく蓄電という形で燃料電池膜に応用されるなど、イオン交換膜のチャレンジは続いている。

  • ウラン濃縮加工の試験設備(日向)