100 Stories2003 緊急アナリスト説明会

2000年代初頭、化学業界は高圧ガス保安法違反問題に揺れた。
2003年の東ソーに始まり、上場企業では三井化学、日本ゼオンなどの違反が発覚し、2004年には旭化成ケミカルズにも違反が発覚した。

経済産業省は旭化成ケミカルズ水島製造所と川崎製造所が実施した高圧ガス保安法に基づく設備検査に不備があったとして、自主検査資格を取り消すと発表。1997年から2002年までに、水島のエチレン、アンモニア、川崎の合成ゴムなど6設備について、一部機器で検査漏れがあったのである。旭化成は中核の石油化学の基礎原料、エチレン設備などを停止して再検査することとなった。

この発表を受けた当日となる2004年1月23日に、旭化成はアナリスト説明会を開催する。これは「IRの目的は投資家に説明責任を果たすこと」という旭化成の信条が具現化したものであり、この問題で当日に緊急説明会を実施した唯一の企業となった。

処分が下りたのは午後3時のこと。IRグループ長の橋本隆司(はしもと りゅうじ)から「すぐにアナリストに連絡をとれ」という指令が飛び、わずか3時間後の午後6時には45名のアナリストを集めた説明会が開催された。

処分がいつ下るかについて明確な通知はなく、内容が内容だけに事前にアナリストへ開催を知らせる事が不可能な中、処分当日の説明会実施にこだわった。

説明会を記者会見と同じ時間に別室で並行開催したのには理由がある。企業価値とは「経済的価値」と「社会的価値」の合計であるという価値観を旭化成が持っているためだ。「経済価値」を支える要素は業績や財務内容であり、「社会的価値」とは法令遵守や地域貢献などに支えられるものと定義した。

今回の問題は、業績への影響は軽微であったため社内に「マスコミ向けの謝罪会見だけで十分ではないか」という声もあった。だが橋本は「目先の損益は経済価値だけの話。社会的価値への影響を伝える必要があった」と話した。

さらに、アナリストに説明することだけが目的なら、記者会見にアナリストを同席させれば事足りるが、わざわざ別室で開催したのは「あらゆるステークホルダーに対して説明責任を負う」という考え方が背景にあった。

悪材料の説明方法を誤れば、そのこと自体がさらに企業価値を損ねる原因にもなるというが、株価推移を見ると発表翌営業日こそ下落したが、その後は日経平均株価の動きと大きな乖離は見られない。前年に他社株が相場全体の上昇から取り残されたのとは対照的である。

実は旭化成がアナリスト向けの緊急説明会を開いたのは、これが初めてではない。骨粗しょう症治療薬の「エルシトニン」を対象に実施した市販後調査で「骨折抑制効果がない」との結果が出た日にもアナリストを集めている。

旭化成のこうしたIRへの姿勢はアナリストからの評価も高く、日本証券アナリスト協会が実施する情報開示優良企業ランキングでは、2003年度まで6回連続で化学業界首位に選ばれている。

企業の不祥事等が新聞紙面を賑わせる度に登場するコンプライアンスという言葉。昨今の企業活動において、コンプライアンスは経営の重要なファクターになっている。2021年には水島製造所が「高圧ガス保安経済産業大臣表彰“優良製造所”」を受賞。過去の違反を教訓に、安全安定操業を続ける旭化成のコンプライアンスはより一層強化されている。