100 Stories1970 使い捨てカイロ「アッタカサン」開発秘話

寒い冬の日の悴む手や体を温めてくれる使い捨てカイロ。その先駆者が旭化成だということはあまり知られていない。

現在は撤退してしまったために、一般的には旭化成のイメージはほとんどないが、使い捨てカイロの原型は、実は旭化成の化薬部門が開発し、初めて世に出したものだった。

冬に暖をとるカイロのルーツは、江戸時代に石を温めて懐に入れた「温石(おんじゃく)」といわれる。使い捨てカイロが世に出る前は、ベンジンを気化させて燃やす「ベンジンカイロ」が使われていた。

1970年〜80年代当時、火薬はすでに斜陽産業と認識され、化薬事業部では新たな商品開発を検討しており、開発担当が力を入れていたものの一つが、カイロの原型となる発熱体だった。その発熱体を利用し、米国陸軍が使用していた使い捨てカイロに近いものをヒントに、カイロの商品開発検討が開始されたのだ。

しかし、商品開発には様々な困難が待ち受けていた。「酸素の取り入れ方や内容物の漏れ防止をどうするかなどは、はたから見ると細かなことですが、実際にはなかなかうまくいかず、頭を悩まされる日々の連続でした。いざサンプルを使ってみると、下着が活性炭で汚れてしまうことなどは日常茶飯事。使用中にトイレに行き、大事なサンプルを便器に落としてしまい涙を飲んだこともありました」と、当時の苦労話が残っている。

そんな数々の苦労を乗り越え、ようやく出来た試作品の評判は上々。しかし、社内の一部からは「繰り返し使えない使い捨ては、買ってもらえないのではないか」という後ろ向きの声もあった。

それに対し開発メンバー達は「これからは使い捨ての時代です。火を使わずにいつでもどこでも暖がとれる便利な品物は必ずや受け入れられるでしょう」と力説。この商品に「アッタカサン」という商品名をつけて、気軽に使用ができる利点を活かし、釣りやゴルフ、スキーなどスポーツでの使用を提案し、さらなるブラッシュアップを試みた。

中でも、スキーでの需要はあると考えていたが、寒冷地で所期の温度と時間が保持できるかは不安が残っていた。その不安を解消するために、何度もスキー場に行き、吹雪の中で繰り返しリフトに乗り実験をした。

また、一般向けだけでなく、プロのスポーツ選手にも使用してもらえないかという考えから、プロ野球の球団にも協力を依頼した。協力先は、前年リーグ優勝を果たしたロッテオリオンズ。すると「野球人に冷えは禁物」とのことで、チームから大変な高評価を得る。ロッテ選手間でも好評で試供品の追加要求があるなど、大きな自信となった。

その後も、試験販売を行いながら、医療現場や競馬の競走馬用、ヘアカラーなどにも応用できないかと様々な用途展開や販路を模索したが、当初からの案である「使い捨てカイロ」を会議で提案した際、「素材メーカーである旭の手がける商品に非ず」という意見から、発熱体や不織布の製品の開発に注力するということで商品化は見送られた。

旭化成がカイロから撤退した後、オリオンズの親会社であるロッテは、使い捨てカイロの代名詞ともなるヒット商品「ホカロン」を発売している。この「ホカロン」の発売に「アッタカサン」が一役買っているかもしれない。

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