原田 典明
生産現場を革新するデジタルのパワー
旭化成はDX(デジタルトランスフォーメーション)を積極的に推進し、ビジネスモデルの変革、新規事業の創出につなげようとしています。こうした旭化成のDX推進役として、主に生産現場のDX化を進める原田典明に話を聞きました。
- ※肩書・記事内容は2021年1月時点のものです。
原田 典明NORIAKI HARADA
旭化成株式会社 デジタルイノベーションセンター長
1988年九州工業大学卒業(専攻は情報工学)、同年旭化成工業株式会社(現・旭化成)入社。入社後は、画像センシングシステム開発、Y2K対応として旭化成のERP導入プロジェクトでSAP、R/3生産管理モジュール構築を担当。その後、工場MES、生産管理システム、計画最適化システムなどの開発および導入に参画。
モノづくりのDX化へ、「いつでもどうぞ」
私が入社した1988年頃から旭化成では各現場でデジタル化が地道に進んでいましたが、全社を挙げてDXへの本格的な取り組みがスタートしたのは2017年です。翌年にはデジタルイノベーションセンターも立ち上がりました。経営陣に急きょ「さあ、やれ」と言われても難しい面はありましたが、私にはIoTの経験があり心構えもできていたので「いつでもどうぞ」という感じでした。研究開発分野でもDX化の下地はできていました。AI技術などを活用して効率よく材料開発を進めるMI(マテリアルズ・インフォマティクス)では業界で先行し、高い技術レベルにありました。現場に蓄積されている大量のデータは、タブレット、センサー、IDタグなどを駆使してIoT化を進め、丸ごと効率よく活用できるデータベースを構築。紙に手書きの時代に比べて、現場の生産性は平均3割ほど向上しています。
ウェビナー、スマートグラス…、先端ツールで効果を発揮
新型コロナウイルスの影響でDX化が進んだ面もあります。私たちも一気にクラウドに移行し、リモートワークになりました。ユーチューブやウェビナーもどんどん活用しています。旭化成はスマートグラスを使った海外工場の遠隔支援にも乗り出しています。緊急事態宣言時には海外にスマートグラスを送り、それを現場の作業者が装着し、日本にいる技術者が指示を出す形で危機を乗り越えました。当初は「あんなものを付けて工場を歩くのか」と懐疑的な声もありましたが、結果的に大きな効果を発揮してくれました。
素材ビジネスの変革、サステナビリティに貢献
旭化成は住宅、医療などBtoC系の分野も強いのですが、事業の半分近くは川上の素材分野で構成されています。素材は加工されて部品になり、さらに自動車などの最終製品になるというサプライチェーンの一翼を担っているわけです。素材ではあるけれども、どうすればプラットフォーマーになれるのか、エコシステムの中で生産者から消費者までみんながプラスになる仕組みを考えなければなりません。そしてもう一つ、ゴミを出さないサーキュラーエコノミー(循環型経済)への対応です。これからはリサイクル原料を使った素材の方が社会的価値は高まると考えています。この課題解決にもデジタル技術の活用は不可欠です。
2020年には福島県の浪江町で水素プラントが稼働しました。これは世界最大級の大型アルカリ水電解システムです。再生可能エネルギーが注目される中、地球環境に優しい水素をいかに低コストで効率よく作れるかが求められています。環境に配慮したモノづくりをデジタル技術で後押しし、社会貢献につなげていきたいと思っています。
DX推進役に至る転機、プロジェクトマネジャーを目指す
32歳の頃、ERP関連のプロジェクトチームにいる時、ショッキングな出来事がありました。プログラマーとしては社内でトップクラスと自負していましたが、有能な技術者だった上司から「ここで勝負しても、俺には勝てないよ」と、暗に路線変更を求められたのです。そこで私は、要件をうまくまとめていくという自分の特技が生かせるプロジェクトマネジャーを目指そうと決めました。今にして思うと、その上司は、一技術者で終わるのではなくもっと広い視野に立つリーダーの方が向いているよ、と言いたかったのでしょう。その後、私はエンジニアリング技術や生産管理システムを外部の顧客に売るビジネスも経験し、事業責任者も務めました。悔しい思いもしましたが、あの場面での上司のアドバイスが現在に至る重要な転機となりました。
「指示待ち」ではなく、「すぐやる」プレースタイルで
旭化成は新しいことにトライしやすい雰囲気があり、上司が放任的と思えるほど何でも任せてくれる環境です。逆に指示待ち人間にはきつい会社かもしれません。私たちの世代は、自分の手でモノを作る機会が多くありました。今のスマホ世代は、型にはまったものはうまく使いこなせるけど、クリエイティブなものを生み出せるかどうか少し疑問です。私は転職者の採用面接の際、「自分で手を動かし、判断してきたか、誠実に仕事に向き合ってきたか」を問い、採用基準としています。
また、自分が今やっている仕事の価値・意義を十分に理解できないことがあるかもしれませんが、とりあえず一生懸命にやり抜くことは大事です。必要とあれば、仕事のやり方はどんどん変えていけばいい。私は「すぐやる」をプレースタイルとしています。人との出会いも大切にしたほうがいいですね。