未来社会を見すえて生みだす究極のスペック

殺菌効果がある深紫外LEDは幅広い用途展開が期待されている。久世直洋が考える事業化への道筋やベンチャー企業買収の狙い、転機や信条について聞きました。

  • 肩書・記事内容は2020年2月時点のものです。

久世 直洋

久世 直洋NAOHIRO KUZE

旭化成株式会社 執行役員 エグゼクティブフェロー
1959年大阪生まれ。82年京都大学工学部石油化学科卒業、旭化成工業(現旭化成)入社。89年米カリフォルニア工科大学への留学とともに、電子物理系へ専門を変更。帰国後は、新規ホール素子の開発・事業化に取り組み、2004年赤外線センサー開発テーマを立ち上げる。11年旭化成エレクトロニクス研究開発センター長となり、米クリスタルアイエスの買収に参画。14年UVCプロジェクト長として深紫外LEDの開発・事業化をけん引。17年から現職。02年京都大学大学院電子物性工学専攻で博士(工学)取得。

「光」をつかって殺菌する新技術、世界トップを走る260nm(ナノメートル)の深紫外LED

2008年から深紫外LEDの開発に着手しました。深紫外LEDの光は、自然界ではUV-Cと呼ばれる200~280nmの波長を持つ紫外線です。太陽から降り注いできますが、全部オゾン層で吸収されてしまい地表面には届きません。その中で、殺菌に圧倒的に優位な波長が260nm。このスペックを実現するため、我々はパワー半導体に高耐熱・ハイパワーの窒化アルミニウム基板を採用しています。

空気の殺菌、水の殺菌、表面の殺菌、殺菌には三つありますが、まずは水の殺菌からスタートです。深紫外LEDにより、エアコンや空気清浄機の内部を運転中に殺菌して、雑菌・カビの繁殖を抑えることができるようになりました。光を当てるだけで安定した殺菌効果が得られるため、大量の水処理を必要とする機器・装置などにも応用できます。水の次に実用化を目指すのは空気の殺菌です。あと数年後には、教室・会議室・ホール、電車内とか地下鉄のホームなど、密閉された空間や人が大勢集まる場所で空気中の雑菌を殺菌し、快適で安全な空間環境をつくり出すことができるようになると思います。

久世 直洋

クララン

人の真似はしないで、これから発展するおいしい分野をきり開く

小学校に上がる前から、好奇心は人一倍旺盛でした。買ってもらったオモチャを翌日には分解して内部を調べ、また組み立てたり…。あと生き物はすべてが興味の対象で、コウモリやスズメを自宅で飼って生態の観察に熱中したこともあります。
大学では量子化学を専攻しましたが、化学と電子物理の学際を極めたいという思いはずっと持ち続けていました。そういうこともあって、入社後はカリフォルニア工科大学に2年間留学させてもらい、化合物半導体の研究に没頭したわけです。

旭化成に入ったのは、基本的に「人の役に立つ研究をやりたい」がベースにあります。論文を書くだけでは満足できず、自分が開発したものを世の中の人が使っているのを見てみたい、という気持ちが非常に強かったんです。旭化成には、いろんな領域に手を出して事業を起こしていく、ダイナミックな遺伝子がある。そこに魅かれて、この会社なら自分のやりたいことが見つけられるんじゃないかと思いました。

自分の技術と強みを自覚し、No.1レベルの達成に狙いを定める

研究者にとって一番大切なことは、自分ならではの武器をちゃんと持って、それを世界のNo.1だというくらいにまで高めていくことだと思います。なかなか大変な道のりですが、私はいつも三つの「見る」を意識することで、自分の強みを磨くよう心がけています。その第一は、実験結果を真摯に見ること。実験結果は絶対にウソをつかないし、裏切りません。第二は、競合技術と競合他社の中で、自分が今どのポジションにいるのかを見ること。第三は、今やっている事業は、5年先・10年先にどういう事業に育っていくのかを見ることです。

一方でまた、研究にはフレキシビリティも必要だと思います。自分のこだわりがある部分と微調整をする部分があって、きちんと現状分析をした上で、こだわりはあるかもしれないが、微調整をしながら未来へつなげていくことも忘れてはなりません。

「世界を変える」画期的な半導体レーザー、実用化に向けての研究を加速

次の仕事は、新しいデバイスを生み出す組織の立ち上げです。このプロジェクトの基本技術となるものは、深紫外(UV-C)半導体レーザー。10年間進展がなかったのですが、ここにきて一気に事業化まで突き進みました。旭化成が名古屋大学・天野浩教授の研究グループと取り組んできた共同開発が結実したもので、271.8nmという世界で最も短波長のレーザー発振に成功しています。

この世界最短波長の半導体レーザーが実用化されれば、ガス分析などセンシング への応用をはじめ、局所殺菌、DNAや微粒子の計測・解析といったヘルスケア・医療分野まで広範囲にわたる応用が可能となります。天野浩教授は記者発表の第一声で「これで世界は変わります!」とおっしゃいました。いったいどんな風に変わるのか、こうご期待です。

ツリー

若い研究者に目指してほしいのは、社会的意義のある製品を創出すること

今までイノベーションと言われたものは、ブラウン管が液晶になったとか、テープレコーダーがCDになったとか、フィルムがデジカメになったとか、世の中をガラリと変える技術が生まれたときのことでした。私たち旭化成の例では、水銀ランプから深紫外LEDへ、というのがまぎれもないイノベーションです。殺菌という機能は同じでも、毒性がある水銀をデバイスとして使わない深紫外LEDの出現は、社会的な意義も相当大きいのではないかと思っています。

若い人には、強い意志を持って新事業につながる研究にチャレンジしてほしい。 研究開発から事業創出までは山あり谷ありのすごく長い道のりで、きついことも確 かです。けれども、それを乗り越えられるカギもあります。それは、ワクワク感を持って仕事に打ち込むこと。私自身の経験からも、いつもワクワク感を持ってチャレンジすれば、さまざまな困難を乗り越え前進することができるはずです。

久世 直洋