自由奔放なリケジョが仕掛ける知財イノベーション

旭化成は特許などの知財データを分析し、経営戦略に活用する「IPランドスケープ(IPL)」を推進しています。守りのイメージの強い知財を攻めのツールに変えた知財イノベーターであり、元祖リケジョの中村栄に話を聞きました。

  • 肩書・記事内容は2021年2月時点のものです。

中村 栄

中村 栄SAKAE NAKAMURA

旭化成株式会社 研究・開発本部 理事・知的財産部長 シニアフェロー
1985年旭化成株式会社入社、研究所勤務の後、1989年から知的財産部勤務。1998年に組織された旭化成グループ全社の技術情報調査セクションの責任者に就任。2018年4月に設立された知財戦略室において全社のIPランドスケープ活動を推進。同年10月に現職の知的財産部長に就任。2020年10月に全社高度専門職シニアフェローに就任。

知財情報を分析しマップ化、経営戦略に活かすIPランドスケープ

IPランドスケープ(IPL)的なことを思いついたのは1998年頃です。各拠点に分散していた調査・解析の部門を知財部の専門組織として立ち上げるよう、上司から指示されました。当時は縁の下の力持ち的な存在だった業務を極めて、世界で一番になってやろうと思いました。特に競合他社が出願している知財情報からは隠された戦略がキャッチできるはずで、その知財情報をどう活用するかが私のテーマになりました。競合他社の特許出願データを整理してマップ化すると、各社の戦略や思惑が読み取れるようになります。これは面白いと、だんだんはまっていきました。独学で知財解析の研究を始め、社外の勉強会やワークショップにも顔を出し、人脈も広げていきました。

2015年頃、リーマンショックを乗り越えて、景気が回復の兆しを見せ始めました。 各企業が新事業創出を口にするようになり、しかもITツールの進化でかなり高精度な知財情報マップの作成が可能になってきました。いざ鎌倉ということで、「知財の見える化」を志向していた当時のCTO(最高技術責任者)にレポートを提出し、直談判のプレゼンテーションを行いました。ちょうどその頃、新聞などのメディアでIPLが話題になったこともあり、「面白い、新組織を作ろう」と、2018年4月に知財戦略室が発足しました。IPLは、膨大な知財情報を縦横に活用して事業を高度化する、まさに知財のDX(デジタルトランスフォーメーション)なのです。

「攻めの知財」で変革を起こす

旭化成のIPLの目的は大きく分けて3つあります。まず現業強化、次に新事業創出、そしてM&A(合併・買収)に関する経営判断です。M&Aの場合ですと、一般的には買収前の対象企業の技術評価に役立つと言われていますが、当社では買収後にIPLが効果を発揮した事例があります。それは、2018年に買収した米国の自動車内装材大手のセージ・オートモーティブ・インテリアズ社。買収の狙いは自動車内装材関連のサブライチェーンをグローバルに強化・拡大することでしたが、IPLを活用すると、セージ社の染色や加工技術が旭化成の他の事業にも利用できることが見えてきました。当社のアナリストが米国のセージ社まで出向いてIPLの報告を行い、高評価を得て新たな共同開発につなげました。

旭化成は素材、住宅、医療など幅広い分野で事業を展開し、保有している特許件数は約1万5000件に上ります。M&Aを実施した後、当社が蓄積してきたさまざまな技術との融合によってIPLの効果がいっそう発揮され、知財による新たなイノベーションが期待できると思います。

知財情報解析からアイデアを生み出す「IPL de Connect」

昨年度より、「IPL de Connect」というイベントを始めました。これはダジャレというか(笑)、実は「IPLでコネクト」という造語です。各事業領域のメンバーとつながって新たなアイデアを創発し、新規事業創出の足がかりとするのが狙いです。旭化成のさまざまな分野で活躍する高度専門職、各事業部の企画部門、マーケティング部門から多彩な人財を集め、一つのテーマを立ててブレストを行うもので、ここに知財情報解析を取り込んでさらに発想を膨らませる後押しをする、そういった催しです。

新型コロナウイルスの影響でオンライン開催となりましたが、200人以上が参加する盛況ぶりでした。コロナ後に旭化成は何が提供できるのかをテーマに掲げ、ブレストの材料としてGAFA(米大手IT4社)の特許マップなどを活用しました。2030年の世界の姿をイメージし、討論の内容をイラストと文字で表現するグラフィックファシリテーショーンで可視化しながら議論を深めた結果、160ぐらいのユニークなアイデアが出揃いました。このイベントは各方面から好評で、今後も継続していきたいと思っています。

中村 栄

自分の頭で考え抜き、自由奔放にチャレンジ

知財情報解析は独学で、業界の人脈もゼロから作りました。教科書はないし、歯を食いしばって頑張った面もあります。でも旭化成には、一人ひとりのトライを尊重し、周囲から支えるという社風があります。真摯に取り組んでいれば、自由にやらせてくれる度量の広い会社です。こうした環境で、私は知財一筋、30年以上邁進してきました。2016年度の特許情報普及活動功労者表彰では、特許庁長官賞を受賞することもできました。社外の方々とも積極的に交流し、学ばせてもらったおかげだと思っています。

私が特に若い世代に伝えたいのは、まず自分の頭でとことん考え抜くこと。安易に正解を求めないことです。敷かれたレールの上を行くのは楽かもしれませんが、そこから革新的なものは生まれないし、一番にはなれません。いいと思ったらまずやってみる、素早く柔軟に挑戦してほしいと思います。