「やる時にはやる」グローバルで戦う企業法務

旭化成には、グローバルな舞台で戦う企業法務のプロがいます。温和な表情の中に武士道精神を秘めながら、欧米の製薬会社を相手に勝訴をつかみ取り、世界的な法務関係の賞も受賞した下平高志に話を聞きました。

  • 肩書・記事内容は2021年2月時点のものです。

下平 高志

下平 高志TAKASHI SHIMODAIRA

旭化成株式会社 法務部長
1990年一橋大学法学部卒業、旭化成工業株式会社(現・旭化成)入社。繊維事業部門で管理会計業務を担当後、総務部(法務室)へ。2000年米国コーネル大学ロースクール留学、2001年法律学修士学位取得。米国法律事務所での実務研修を経て、2002年米国ニューヨーク州弁護士資格取得。2020年から現職。

「けしからん!」 和解せずにスイスの製薬会社を提訴

旭化成ファーマは2006年、米国の医薬ベンチャーに対して、血管拡張剤「ファスジル(一般名)」に関する開発・販売権を供与するライセンス契約を締結しました。 狭心症や肺高血圧症などの疾病に効くのではと期待された薬です。ところが数カ月後、スイスの製薬会社がライセンス先の米国ベンチャーを買収し、突然「ファジスル」の開発を中止してしまいました。これは契約違反ではないかとすぐ交渉しましたが、一向にらちがあきません。大事な薬の開発をずるずると遅らせることは絶対に看過できないので、迷わず提訴に踏み切りました。

スイスの製薬会社側は、早い段階から何回かにわたって和解を申し入れてきましたが、当方としては決着をつけるまで戦うことにしました。相手方の和解金額に納得いかなかった面もありますが、せっかく米国へのライセンス供与契約に成功して大変期待していた大事な薬の開発を、契約上の何の根拠もなく一方的に中止させられたことに「けしからん!」という強い思いがあったのです。

強力なチームワークで戦い抜き勝訴、世界が評価した国際法務の真骨頂

日本の企業は訴訟をためらうというステレオタイプ的な見方がありますが、旭化成は「やる時にはやる」と裁判を続行しました。ただ、米国での裁判費用は膨大です。陪審裁判の最盛期には、法律事務所から毎月高額な請求書が送られてきます。「これで負けたらクビだな」と覚悟しました。いろいろ苦労しましたがとうとう最後まで戦い抜き、勝訴して賠償金(約420億円)を受け取ることができました。外部弁護士も含めた私たち訴訟チームを信じて、裁判を続けさせてくれた経営陣には今も感謝しています。

また、だいぶ後になってからですが、「Global Counsel Awards2012」という企業法務関係の賞を受賞することができました。世界中の3500件を超す候補者・チームの案件から選ばれたとのことです。これは旭化成ファーマの訴訟を担当した米国の法律事務所が応募してくれたものですが、途中で和解せず最後まで戦った日本の企業が珍しかったのかもしれません。

案件の半分以上が海外関係、契約のカギ握るリスクヘッジ

グローバル化が進む中、企業法務の仕事は海外案件が増えています。法務のメンバーは東京の他に中国の上海、タイのバンコク、ドイツのデュッセルドルフなどにも常勤し、製品の取引関係、現地での新会社設立、M&A(合併・買収)などの契約案件をまとめています。契約締結時に忘れてならないのは、リスクヘッジのこと。できる限り将来のことを想定して、慎重に契約を結ぶ必要があります。民法や商法の分野では、基本的に当事者間の合意が法律よりも優先するので、この先の状況の変化を見据えたうえでしっかりと交渉し、合意に達することが大事だと思います。

下平 高志

与えられた場でベストを尽くし、多彩な経験を身につける

今の若い人の中には、キャリアばかりを意識して専門性を追求している人が少なくありませんが、たとえ自分に与えられた仕事や職場が当初のイメージ通りではなかったとしても、しばらくはその場でベストを尽くしてほしい。実は私の場合も、法務部への配属は自分の意思ではなく偶然でした。これじゃなきゃダメだとあまり思い込まず、仕事に真摯に向き合っていろいろな経験を身につけていけば、偶然の積み重ねも結果的にはいいキャリアにつながると思っています。