山下 昌哉 | 開発者インタビュー | Creating for Tomorrow | 旭化成株式会社

ミスター電子コンパスが熱く語る開発の最前線

スマートフォンなどの携帯端末に搭載されている、地図やナビゲーション技術を支えているのは電子コンパスです。この電子コンパスの企画提案から開発、事業拡大に至るまでを率いた山下昌哉に聞きました。

山下 昌哉

山下 昌哉MASAYA YAMASHITA

旭化成株式会社 シニアフェロー、工学博士
1955年岡山県生まれ。82年東京大学大学院物理工学専攻博士課程修了。旭化成工業(現旭化成)入社。MRI・リチウムイオン電池(LIB)の開発・事業化に従事。2000年から電子コンパスの開発を始め、03年の事業化以降、世界トップメーカーとして市場拡大に貢献した。08年Android OS、09年iOSのスマートフォンに同社電子コンパスが標準搭載されたことで、事業としても急成長した。10年から旭化成グループフェロー(現旭化成シニアフェロー)。12年全国発明表彰恩賜発明賞、15年春の紫綬褒章。

世界のトップシェアを維持し続け、年間約6億個を出荷するビッグビジネスに成長した、電子コンパスの真骨頂。

電子コンパスは、スマホに不可欠なデバイスです。スマホの歩行者ナビを起動すると、画面上の地図に現在位置と進行方向が描かれるので、目的地までスムースなルート案内が実現します。電子コンパスは、方位磁石の針と同様に地磁気を磁気センサーで検知するだけでなく、進行方向の方位角まで計算する機能性電子部品なのです。

旭化成の電子コンパスは、微弱な地磁気の検出に、あえて感度が低いホール素子を使っています。一見常識外れのように思えますが、携帯電話内部にはスピーカーなど地磁気より遙かに大きな磁場を発生する磁石部品が数多く使われるため、磁石部品の近くでも動作する低感度のホール素子こそ電子コンパスには最適だと考えました。

もう一つの大きな特徴は、旭化成の電子コンパスが単なる電子部品ではなく、開発当初から自動調整機能を持つソフトウェアと一体化して設計されていることです。携帯電話を使う人の自然な動作だけを利用して、常に変化する妨害磁場の大きさを計算して、ナビ機能をリアルタイムにコントロールし続ける特許技術こそ、電子コンパスが IoTのはしりとも言えるイノベーションを引き起こした理由の一つでしょう。

電子コンパス

「百見は一体験にしかず!」先ずデモ機を操作してもらうことが、圧倒的な説得力になる。

電子コンパスの事業開発では、それ以前に携わったMRI(磁気共鳴画像装置)事業、LIB(リチウムイオン電池)事業の経験が非常に役立ちました。開発・企画・営業の三つを兼務して、お医者さんと直接やりとりすることも多かったMRIの約10年、標準品をいかに低コストで作るかという土俵で勝負したLIBの約8年、この二つの全く異なる事業経験から得た財産が電子コンパスの成功につながったと思います。

電子コンパスの特徴は、製品仕様書を書かないで先ずデモ機を作り、それを社内で披露して開発企画を通してから、徐々に仕様を決めていったことです。デモ機だけを持って日本中の携帯電話メーカーを飛び回り、約一年間の「技術マーケティング」を行った結果を基に、旭化成は「3軸の磁気センサーとデジタル・インターフェースを組み込んだ電子コンパス」という世界初の挑戦的な仕様を決めたのです。携帯ユーザーの動作を分析して、興味や価値を感じてくれるように新しい機能やアプリを提案して、それを実現できる仕様の電子コンパスを作ったことがきっかけで、Googleアンドロイドにも旭化成の電子コンパスが標準搭載されました。

電子コンパス

どこかの時点で思い切ってジャンプすると、目の前がパッと開けて新たな地平を見渡せるようになる。

電子コンパス事業成功の秘密は、「全く異なる技術を組み合わせる発想」にあります。ホール素子という磁気センサーの材料技術をベースにしていながらも、ソフトウェアやサービスなど通常の開発プロセスなら全く絡まない分野の技術を最初から融合させて製品にしました。技術的に隣り合う境界領域ではなく、遠く離れた技術領域をいかに融合するかがキーポイントなのです。

いわゆる性能向上や品質改良は“当然必要”ですが、それだけを追求していたのでは一方通行の袋小路に逃げ込むようなものです。一つの技術領域、一つの価値基準で製品に磨きをかけるというシンプルな戦略では、早晩追い詰められます。逆に言えば、世界中ほとんどの技術者は自分の技術領域を掘り下げることに関心が強く、発想が異なる離れた技術領域には近づきたくないのが本音なので、そこにチャンスがある。同じ日本語の言葉が通じないくらい異なる領域を、三つ以上融合させるコンセプトが描ければ、他社は可能なら追従したくないと思うような発想の飛躍(Quantum Leap)が生まれます。発想を連続的に進めるのでなく、どこかで思い切ってジャンプさせると違った平原に出て、急に見通しが良くなることもあるのです。私は、目前の問題解決を図る手段ではなく、客観的に全体を見渡しながら実現したい目的を考えて、正しく課題設定をすることが大切だとアドバイスしています。

異質な人材と異質な技術のコラボ、旭化成ならではの企業風土が生み出すイノベーション。

今や世界中の技術者がほぼ同水準の教育を受けられる時代なので、一つの分野をどんなに掘り下げても大きな差はつきません。旭化成は、様々な領域に興味を持つ社員が割合多いことも特徴で、異質な技術が社内で自由に融合するポテンシャルは、すごく高いと思います。一見無関係とも見える事業をいろいろやっているので、何か閃めいたら、開発の初期段階から複数の分野の経験者が集まって新しい発想に挑戦できる多様性があり、チャンスはいっぱい転がっています。

個人の限界を超えたプロジェクトを立ち上げるには、既にある会社・組織を活用するのが一番早いと思います。そこがスタートアップ企業にはない、大企業の魅力です。100人なり1000人なりが目的を共有して結集し、一緒にチャレンジするのはたまらなく面白いので、それが私のモチベーションにもなっています。

山下 昌哉

新入社員から社長まで自由に集まって平等にディスカッションする「MY Lab フォーラム」。

常識という束縛から解放して、「発想を自由にする」にはどうしたらいいかを研究するために、「多様な技術と多様な人財を結ぶ」をモットーにした MY Lab (Masaya Yamashita Laboratory) フォーラムを立ち上げました。「発想プロセスをデザインする」「社内技術の融合で新しい事業を創出する」「自社技術を社外から事業化する」などを目標に掲げて、現在1,400人ほどの社員が、人事発令などではなく、本人の意志で会員登録をしています。多様な人間がいつでも自由につながることができる刺激に満ちた環境の中で、それぞれが「世の中にどういう価値を提供していくか」という目的を考える。ダイバーシティとインクルージョン、様々な個性が集まり個々の特性を見極めながら互いに活かしていこうとする、旭化成の企業風土が立ち上げたクリエイティブな拠点ですね。