世界の有望技術に投資するCVCの醍醐味

旭化成のグローバル事業展開、新規事業開発の加速・推進に向けて、国内外のベンチャー企業に投資するコーポレート・ベンチャーキャピタル(CVC)を運営するのがCVC室。特に欧米の投資・買収案件を数多く手がけるCVCの仕掛け人、森下隆に話を聞きました。

  • 肩書・記事内容は2022年2月時点のものです。

森下 隆

森下 隆TAKASHI MORISHITA

旭化成アメリカ CVC室長 プリンシパルエキスパート
1986年東京工業大学大学院化学工学科修了、旭化成工業株式会社(現・旭化成)入社。技術研究所でデバイスの研究開発に従事。1992年米国・南カリフォルニア大学に留学。2001年米国シリコンバレーに駐在し、CVCについて調査。2008年新事業開発室CVC室発足と同時に室長に。2011年から現職。

ベンチャー企業と協業するビジネスモデルへの挑戦

私は入社後、半導体の研究開発部門で働いていましたが、学生時代から米国に憧れていたこともあり、ロサンゼルスの南カリフォルニア大学に1992年から2年間留学させてもらいました。米国では大学が基礎研究を担い、それをベンチャーが事業展開し、さらに大手企業が参加してビジネスを拡大するといった役割分担がうまくできていて、技術を収益化するプロセスが確立しています。ベンチャーと協業し、新規事業を開発することは、今後旭化成にも必要になると思いました。

留学後、私は1995年から5年間、サンディエゴの半導体ベンチャー、ぺレグリンセミコンダクターとの提携案件に携わり、そこでベンチャー協業の面白さを感じました。旭化成はこれまで石油化学や素材、住宅、医療など事業を多角化してきましたが、ベンチャーと組んで大きな相乗効果が期待できるのはやはり電子デバイス部門だと思います。ちょうど会社側も外部企業と手を組むことに関心を示してくれていました。そこで2001年に米国シリコンバレーに単身赴任して、CVCの調査をスタートさせましたが、この直後にITバブルがはじけてしまいました。

7年ひたすら待って、CVC設立を経営陣に直談判

ITバブル崩壊で、私は一度帰国して研究開発部門に戻りましたが、諦める気は毛頭ありませんでした。7年間、研究開発部門にいながら、ベンチャーとの協業という方向性は間違っていない、要はやり方だと考えてひたすらチャンスを待ち続けました。ラッキーなことに当時の職場の上司はベンチャーとの協業に理解があり、経営企画室の責任者も兼ねていました。社長が半導体部門出身だったことも奏功したのでしょう。3年間で合計約10億円の予算が獲得でき、2008年にCVCを設立することになりました。まず「小さく始めて大きく育てる」。徐々に成果を出し、エビデンス(科学的根拠)を示して、周囲の理解を得ながら投資規模を拡大していくことが大事だと考えていました。2022年までの直近の3年間で、投資規模は7500万ドルに拡大しました。

CVCは最初東京で立ち上げましたが、2011年には本場のシリコンバレーに拠点を移しました。さらにボストン、そしてドイツ、中国の上海と拠点を展開し、これまで30社以上のベンチャーに出資しています。現在日本では再生医療関連ベンチャーなどに出資していますが、国内でもスタートアップ企業が急増しており、チャンスがあると思っています。

先端技術のコーディネートが新市場を生み出す

海外での買収案件も成果を上げています。2010年に出資した米国の光半導体デバイスのベンチャー、クリスタルISを2012年に買収しました。この案件は投資のリターンを狙ったものではありません。旭化成の半導体部門に新たなテクノロジーを加えることが目的でした。実際、共同開発を実施して新規のデバイス販売にもつながり、社内でも高く評価されました。また、2016年にはスウェーデンの環境技術関連ベンチャーのセンスエアABに出資、2018年に子会社化しました。同社は優れたガスセンサー技術を持っており、旭化成エレクトロニクスは共同開発を実施して新市場開拓に成功しました。いずれの案件もまず出資して、共同開発を実施、成果があると判断できれば買収しています。ほかにも出資先が上場して、財務面のリターンを得たケースもあります。新技術の取得と収益面のバランスをとりながら、投資を拡大しています。

森下 隆

多様な技術と人財、社内外で認められるプロに

日本の大企業が海外でのベンチャー投資で成果を上げるのは非常に難しいと言われますが、旭化成には多様な人財と技術があります。うちと組めば、技術や品質面でサポートでき、新たな市場開拓につながる。半導体技術まで持っている化学メーカーなんて世界にはない。ここが旭化成の持ち味です。また、多様な事業があるからこそ、多様な人財がいる。ちょっと変わっているなと感じる人もいますが、意外とすごい人財だったりします。

企業人は社内だけでなく、社外でも認められるプロになることが大事です。自分の専門分野を早く見つけ、必要な能力やスキルを磨いていくのがいいでしょう。一方で、今置かれている場所でベストを尽くすことも重要です。いつもやりたいことがやれるわけではない。私もそうでしたが、やりたいことがあれば、長期的な視点で考え、コツコツと準備をしながらモチベーションを維持することです。真摯に仕事に打ち込んでいれば、サポートしてくれる人が必ず現れます。