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「超イオン伝導性電解液」が切り拓く、次世代電池——事業開発と市場開発で挑んだ共創の物語
2025年12月25日
EV(電気自動車)の普及にともない、メインバッテリーとして使われるLIB(リチウムイオン電池)の技術革新が加速している。その一方で、蓄電池の安全性や環境負荷といった新たな課題も顕在化している。旭化成はそれらの解決を目指すために、「超イオン伝導性電解液」の事業開発と市場開拓を、欧州と中国の両エリアで同時に進めてきた。
本記事では、「超イオン伝導性電解液」を世界へ広げるべく奮闘する、社員の取り組みを紹介する。
Contents
鉛を使わないLIBへ、環境負荷を低減する選択肢
勢いに波はあるものの世界中で着実に普及が進んでいるEV。EVのメインバッテリーにはLIB(リチウムイオン電池) が使用されているが、ヘッドライト、オーディオ、カーナビなどに電力を供給する12V補機バッテリーには鉛蓄電池が使用されている。
鉛蓄電池そのものは長年利用されてきた信頼性の高い技術だが、適切な回収・リサイクルが行われない場合、環境中に鉛が残る懸念がある。特にリサイクル管理が不十分な地域では、健康への影響が国際的な課題となっている(※)。
旭化成は、12V補機バッテリーの分野において、環境負荷が低く、電池寿命が圧倒的に長いLIBへの切り替えを提案している。そして、LIBの「急速充電」「低温下での出力向上」「高温下での高い耐久性の維持」といった課題解決を推し進めている。
パイオニアとしての誇りをかけた開発と開拓
LIB技術のパイオニアである旭化成では、2010年より、従来のLIBが抱えていた課題を解決すべく溶媒にアセトニトリルを使用した「超イオン伝導性電解液」の研究開発に着手した。
アセトニトリルを電解液に使用すると、リチウムイオンの正極と負極の間の移動が速くなり、高出力、低温作動、かつ急速充電が理論上可能となる。しかし、単純に既存溶媒をアセトニトリルに置き換えただけでは1回も充電できずにアセトニトリルが分解してしまい、電池が使用できなくなるという致命的な欠点もあった。「理論上は極めて高性能だが、実際には使えない」というのが、電池業界の常識であった。
LIBの生みの親である旭化成名誉フェロー吉野彰が率いる吉野研究室では、このアセトニトリルを使いこなせるようになれば、LIBに大きなブレイクスルーが生み出せると信じ、研究開発に心血を注いできた。そして、長年の不屈の研究開発によって、2016年には溶媒にアセトニトリルを使用した「超イオン伝導性電解液」の基本的な技術を確立した。
当時、研究・開発本部で技術政策を担当していた飯塚は、この「超イオン伝導性電解液」に大きな可能性を見出していた。2018年には「超イオン伝導性電解液」の欧州市場開拓プロジェクトを立ち上げて渡独。EVでの採用と事業化に向けて、当時この分野において最も勢いがあった欧州市場に飛び込んでいった。
研究・開発本部 電解液プロジェクトマネージャーの飯塚
しかし、旭化成に欧州のEV市場でコネクションがあったわけではない。飯塚は欧州で開催される展示会や学会などのイベントに積極的に足を運んだが、コネクション形成に立ちはだかる壁は想像以上に高く分厚かった。日本では歴史と実績を積み重ね、高い知名度を得ている旭化成も、欧州の自動車市場では全くと言っていいほど無名の存在。名刺交換をしても関係構築には時間を要し、自分たちが新参者であることを痛感した。加えて、当初はビジネスカルチャーの違いにも戸惑ったと飯塚は語る。
「日本の営業やマーケティングでは、自社製品の良い点を全面的にアピールしていきますが、欧州では違います。長所と短所の両面をしっかり伝えることが信頼につながるんです。そういったコミュニケーションの違いも学んでいきながら、1つひとつ商談を具体化していきました」。
そして、ドイツに電解液ラボを新設し、「超イオン伝導性電解液」のサンプルを自動車OEMや電池メーカーだけでなく、大学や国立研究所などの研究機関に提供し続けた。しかし、顧客や研究機関から高い評価を受けるのは容易ではなく、技術がまだ実用化レベルに達していない現実を突きつけられた。それでも、「この壁を乗り越えれば、必ず顧客のニーズに応えられるソリューションになる」という確信は揺るがなかった。日本で原理原則を追求し技術を深化させる研究者たち、現地欧州で顧客の課題に徹底的に向き合う研究者たちも、飯塚とともに、果敢に高い壁へ挑み続けた。そして、約3年にわたる地道なマーケティング活動は思い描いていた理想的な形で実を結ぶ。技術交流をしていたドイツ国立研究所からの推薦によって、ドイツ連邦教育研究省の「HEADLINE」プロジェクト(※)への参画が決まったのだ。行政からの支援を受けながら、旭化成は次世代電池の共同開発を進めることとなった。
このドイツでの地道なマーケティング活動と日本での高度な技術開発の密な連携によって、2024年6月には「超イオン伝導性電解液」を用いたLIBのコンセプト実証(PoC)に成功。2025年11月には、ともに「HEADLINE」プロジェクトに参画していたEAS Batteries社(EAS社)と「超イオン伝導性電解液」に関するライセンス契約を締結するという大きな成果につながっていく。
欧州での新規事業開発、新規市場開拓を続けていく一方で、EV向け蓄電池の市場は中国の存在が急速に高まっていった。「超イオン伝導性電解液」の事業を成功させるうえで、中国市場の開拓も課題となっていった。
ヨーロッパの電解液ラボメンバー
日本の電解液開発メンバー
中国市場開拓に挑む仲間との出会い
飯塚たちが欧州で奮闘している中、中国でさまざまな旭化成の事業開拓に動いている人財がいた。中国に駐在する鳥羽だ。中国は、日本とも欧米とも違った独自のビジネスカルチャーが確立されており、新規市場開拓には専門ノウハウが必要だ。一方で、中国の市場調査では、多様なビジネスを展開しているコングロマリット企業に対する評価が高いことが分かっており、鳥羽は旭化成に勝機があると感じていた。
鳥羽は、中国市場開拓を加速させるため、専任のマーケティング組織の設置を早い段階で提案。その構想は2020年に中国拠点内に新たなマーケティング組織が設立されるきっかけとなった。ここから鳥羽は、旭化成グループの自動車関連事業をはじめとしたあらゆる事業のマーケティング活動に横串を通し、グループ一丸となって戦略的に中国進出を実現させるための旗振り役を担った。
旭化成(中国)投資 市場開発部長の鳥羽
しかしながら、市場開拓の道のりは険しかった。中国で直面した根本的な課題も旭化成の認知度だった。日本では1度でアポイントが取れるような商談が、中国では3度、4度ドアを叩いてやっと1度の面談が実現するかどうか。当時、顧客が旭化成の価値を理解するきっかけとなるタッチポイントも限られており、有効的な対話の実現に苦慮した。
もっと旭化成の名を中国で売って行かなければ……打開策を考える中で目に留まったのが、「中国国際輸入博覧会」だった。中国政府が輸入拡大を目的に年に一度開催しているこの展示会には、中国へ輸出を行っている世界各国の企業が出展している。中国内の大手企業も足を運び、新たなパートナーやビジネスチャンスを探す場となっている。鳥羽は、この展示会で、中国における様々な社会課題に対して旭化成の多様な解決策を提示していくことこそが、中国市場での社名認知、存在感向上の大きなチャンスとなり、旭化成と中国国内の企業が新たな価値を共創する機会になると考えた。
社内の関係各所を説得し、2022年に念願の初出展。1年目は、化学メーカーエリアではなく、あえて最終製品に近い機械関連のエリアにブースを構え、サプライチェーンの川下から旭化成の名前と技術力を売り込んだ。その戦略が見事に功を奏し、認知拡大はもちろん、複数の顧客とのコネクションも築くことができた。
さらなる中国ビジネス拡大のために、今後の出展内容はどうあるべきかーー鳥羽が構想を練っていた際に、「超イオン伝導性電解液」チームからの相談が舞い込んだ。
戦略的かつ妥協なき出展を
飯塚と鳥羽、2つのフロンティアスピリットが出会ったのは2024年。中国進出を検討し始めていた飯塚にとって、鳥羽がリードする市場開発チームは、まさに最高の社内パートナーだった。
当初飯塚は、まずは大きな展示会へ出展して中国市場の開拓を図ろうと考えていたが、鳥羽の提案は違った。電池メーカーを中心に開催される小規模な学会の方が、「超イオン伝導性電解液」を求めている相手とつながることができると考えたのだ。
「最初は、大規模な場でプレゼンスを示した方が良い成果が得られると思っていたんです。しかし鳥羽さんの熱意に押されて、まずは電池メーカーが集まる学会に参加することとしました。結果、鳥羽さんの提案はズバリ的中し、予想以上に複数の電池メーカーとのコネクションをつくることができました」。
これを機に、飯塚は本格的な中国市場進出を決意。今度はネットワークと認知度の拡大を目的に、2024年の「中国国際輸入博覧会」への出展を決めた。ここでも鳥羽からの提案によって、蓄電池メーカーの経営層の招待や業界有識者によって構成されるセミナーなど、旭化成と「超イオン伝導性電解液」を印象付けるための工夫を施した。結果、「超イオン伝導性電解液」のブースは大盛況。中国EVのOEMや蓄電池メーカーから問い合わせが相次ぎ、さらにネットワークを広げることができた。
超イオン伝導性電解液にとって出展2回目となる2025年は、補機バッテリーのLIB化というコンセプトの提案を主軸に出展を計画。今や世界の最先端とも言われる中国の電池市場で、共創やPoCという具体的な突破口を切り開くためのプランを練り上げた。中国の補機バッテリー市場のキープレイヤーによる講演やパネルディスカッションを実施。さらに、EAS社とのライセンス契約の調印式では、地元テレビ局や新聞社からの取材も受け、メディアを通じた認知度拡大も図った。
結果、多くの政府系や著名な総合メディア、中国国内で著名なバッテリー関連のメディアから出展内容を取り上げられ、次につながる大きな成果を得ることができた。中国市場での手応えを、確かな自信へと変える出展となった。
ブース内で開催した電解液シンポジウムの様子
EAS社とのライセンス契約の調印式
超イオン伝導性電解液コーナー
開拓には信頼できる仲間が必要
着実に市場を開拓し続ける「超イオン伝導性電解液」。約7年におよぶ現在までの旅路の中で、もっとも学んだことは“仲間の大切さ”だと飯塚は話す。「最初は単身でドイツに飛び込んで始めた市場開拓ですが、改めて痛感したのは“一人でできることには、限界がある”ということです。現在、ドイツ、中国、インド、北米には、旭化成の電解液メンバーがいて、それぞれが『超イオン伝導性電解液』の市場開拓を最前線で導いてくれています。私たちの想いと戦略を理解し、自ら判断して地域に最適なアプローチを共に作り上げてくれる——心強い仲間です」。
そして、同じく市場開拓に挑戦している鳥羽も、飯塚にとってかけがえのない存在だと語る。「鳥羽さんと仕事をするのは、本当に楽しいです。なぜなら、彼が本気だからです。仲間の挑戦を、仲間以上の知見と情熱を持って、全力で応援してくれる——同じ旭化成にそんな仲間がいてくれて、本当に心強いです」。
鳥羽自身も、仲間と共に挑むことの価値を強く感じているという。
「どれほど丁寧に戦略を描いても、それはまだ“骨組み”にすぎません。社内の仲間が、その戦略を自分たちの手で動かし、育て、現場の息づかいの中で形にしてくれることで、初めて私たちの挑戦は前へ進みます。日々の判断や働きかけ、積み重ねられた一つひとつの行動が、戦略に温度を与え、命を吹き込んでくれている——そう感じています。私が描く未来が前に進んでいるのは、共に挑戦してくれるたくさんの仲間がいるからこそです」。
すでに中国の電池メーカーとPoC成功に向けた検討が始まっているものの、「超イオン伝導性電解液」が採用されたEVに世に出るまでには、まだハードルは多い。それでもきっと、飯塚と鳥羽は挑戦の歩みを止めない。本気で課題に立ち向かえる、そんな仲間が旭化成にはいるのだから。
中国国際輸入博覧会運営に関わった市場開発部のメンバー
- ※肩書・記事内容は取材当時のものです。









